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工学研究科の稲葉助教、松浦教授らが光刺激によるペプチドナノファイバー形成を駆動力として運動するシステムの開発に成功

2018年04月19日

光刺激で動く運動システムを構築

―細菌のファイバー形成による運動を模倣―

概要

 大学院工学研究科の稲葉央助教、松浦和則教授らの研究グループは、徳島大学大学院医歯薬学研究部の重永章講師、大高章教授らの研究グループとの共同で、光刺激によるペプチドナノファイバー形成を利用した運動システムの構築に成功しました。これは、細菌がファイバー形成を駆動力として運動することに着想を得たものです。
 本研究では、ジャイアントリポソームの表面に、自己集合性のペプチドを光で解離する分子を介してつなげ(図1)、ここに光を照射すると、ペプチドが解離してナノファイバーを形成することで、リポソームの運動が促進されることを明らかにしました。その運動速度は光照射によるペプチドの解離速度に依存することが示され、人工的なペプチドナノファイバー形成によって分子集合体の運動を促進できることを実証しただけでなく、運動のタイミングや速度を制御できることから、次世代の「分子ロボット」の要素技術としての応用が期待されます。 

図1

  図1.光刺激によるナノファイバー形成を駆動力としたリポソームの運動促進。リポソームの片面にDNA–ペプチドコンジュゲートを修飾した。光照射によって解離したペプチドが局所的にナノファイバーを形成し、リポソームの運動が促進される。

背景

 赤痢菌・リステリアなどのある種の細菌は、宿主細胞内でアクチンフィラメントを形成することで、細胞内を並進運動することが知られています。このような生物の運動システムを模倣することができれば、微小環境において自律的に働く「分子ロボット」の部品としての応用が期待できます。本研究グループで開発した、光照射によってペプチドナノファイバーを形成する分子システムをジャイアントリポソームに実装することで、リポソーム表面でペプチドナノファイバーが形成され、上記の細菌のように運動が促進されると仮説を立てました。

研究内容

 本研究グループは、DNAとシート形成ペプチドを異なる光解離アミノ酸で連結したコンジュゲート1と2を開発しました(図2)。これらは光照射によってペプチド部位が解離し、自己集合してナノファイバーを形成します。各反応段階の速度を追跡した結果、2は1に比べて光解離反応が顕著に速く、それに伴い速やかにペプチドナノファイバーを形成することが明らかとなりました。

 相補的なDNAの結合を利用して、1および2をジャイアントリポソームの片側の面に導入しました。光学顕微鏡による観察を行ったところ、2を修飾したリポソームは、光照射によってその運動が顕著に促進されることが明らかとなりました(図3(a))。この効果はリポソーム全面に2を修飾したリポソームでは見られず、局所的なペプチドファイバー形成が運動促進に重要であることが明らかとなりました。

 2を修飾したリポソームの運動速度は1を修飾したリポソームよりも明らかに速く、光解離速度がリポソームの運動速度に反映されたことが分かりました(図3(b))。このことは、化学的な設計によってペプチドナノファイバーの形成速度を変えることで、運動の速度を調整できることを示しています。

 図2.光解離速度が異なるDNA­­–ペプチドコンジュゲート(1と2)。1と比べて2は光解離反応が速く、速やかにペプチドナノファイバーを形成する。

図3

図3.(a) コンジュゲート2を修飾したリポソームの運動の軌跡。60分間で原点からどれだけ移動したかを示している。(b) 各リポソームの原点からの移動距離の時間変化。コンジュゲート2を修飾したリポソームに光照射を行った場合が最も速く運動している。

今後の展開

 本研究では、細菌のファイバー形成を駆動力とした運動システムを人工的に再現し、光刺激によってリポソームの運動を促進することに初めて成功しました。

 今回得られた知見は、微小な環境で分子を望みの場所に輸送するための「分子ロボット」の設計指針となります。特に、適切な分子設計を施すことで、光照射方向に応じて運動方向が変わる「走光性」を付与することができると期待されます。

研究プロジェクトについて

 本研究成果は、文部科学省科学研究費助成事業(新学術領域研究(研究領域提案型))「分子ロボティクス」の支援により得られたもので、2018年4月19日(英国時間)に国際科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。

論文タイトルと著者

用語解説

ジャイアントリポソーム

リン脂質二分子膜が水中で集合してできる小胞をリポソームといい、1~100μm程度の大きなサイズのものをジャイアントリポソームという。本研究では10~20μm程度のリポソームを用いた。コンジュゲート1および2を導入するために、ビオチンを持つリン脂質からなるリポソームを調製し、ビオチンとストレプトアビジンの相互作用、相補的なDNAの相互作用を利用した。

 シート形成ペプチド

タンパク質の二次構造の一つであるシートを形成するペプチド。シートの片面のアミノ酸残基が疎水性、他方の残基が親水性であることが多い。今回用いた配列はFKFEFKFE(F: フェニルアラニン、K: リジン、E:グルタミン酸)であり、溶液中で自己集合することでペプチドナノファイバーを形成する。

 光解離アミノ酸

光照射によって切断される人工アミノ酸。今回用いたものは2-ニトロベンジル基をもとに設計され、UV光(365nm)によって切断される。