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稲葉助教、松浦教授らが天然のタンパク質ナノチューブ「微小管」の穴に分子を詰めることに初めて成功

2018年08月08日

「チーズちくわ」から得た発想

―天然のタンパク質ナノチューブ「微小管」の穴に分子を詰めることに初めて成功―

概要

 鳥取大学工学部化学バイオ系学科の稲葉央助教、松浦和則教授らの研究グループは、北海道大学大学院理学研究院の角五彰准教授、佐田和己教授らの研究グループとの共同研究により、細胞骨格の一種であるタンパク質ナノチューブ状集合体「微小管」の中に、分子を内包する手法の開発に世界で初めて成功しました(図1)。これは、「ちくわ」(微小管)の穴にチーズ(分子)を詰めて「チーズちくわ」を創るようなものです。
 本研究では、微小管結合タンパク質の一種であるTauタンパク質のうち、微小管内部に結合すると推定される部位を「微小管結合ペプチド」として設計・合成しました。4種類のペプチドを合成して微小管への結合を評価したところ、そのうちの1つが微小管内部に結合することが明らかとなりました。さらに、このペプチドを金ナノ粒子に修飾することで、微小管に金ナノ粒子を内包させることに成功しました。本手法を利用することで、様々なナノメートルサイズの分子を微小管に内包させることが可能となり、微小管を用いたナノマテリアルの新たな展開が期待されます。

図1

図1.本研究の概念図。Tauタンパク質から設計したペプチドに蛍光色素を修飾し、微小管内部への結合を解析した。

背景

 細胞骨格の一種である微小管は、チューブリンタンパク質から構成される内径約15nmのチューブ状集合体です。微小管の長さは数μm〜数十μmにもおよび、その形成、解離はGTP、GDPの結合によって制御されています。また、モータータンパク質が動くためのレールとして機能することが広く知られています。そのユニークな性質から、微小管を用いたナノマテリアルが数多く開発されています。しかし、これまで微小管外部への分子修飾は盛んに行われているものの、その内部空間に着目した材料開発は全く行われていませんでした。微小管の内部に分子を導入することができれば、内包した分子の輸送や、微小管の構造を中から制御するなど、新しいコンセプトの材料開発に繋がります。本研究では、微小管関連タンパク質Tauの一部が微小管内部に結合することに着目し、必要な部位を切り出して利用することで、微小管内部に分子を導入するためのペプチドを世界で初めて開発しました。

研究内容

 本研究では、Tauの微小管内部に結合すると推定される領域から、4種類のペプチド(1N, 1C, 2N, 2C)を設計・合成しました(図2)。赤色の蛍光色素を修飾したこれらペプチドと緑色の蛍光色素を修飾したチューブリンを複合化し、GTPアナログであるGMPCPPを添加することで微小管を形成しました。共焦点レーザー蛍光顕微鏡によって観察した結果、4種類のペプチド全てが微小管に結合することが明らかとなりました(図3)。ペプチドの結合位置を解析するため、微小管内部に結合することがわかっている抗がん剤タキソールによる置換反応を行ったところ、4種類のペプチドのうち2Nのみ微小管から脱離しました。したがって、2Nタキソールと同じ微小管内部に結合することが明らかとなりました。

 2Nを修飾することで、より大きな金ナノ粒子(5nm)の微小管への内包を試みました(図4)。透過型電子顕微鏡により微小管内部に金ナノ粒子が集積した様子が観察され、金ナノ粒子の内包が確認されました。一方、2Nを修飾していない金ナノ粒子は微小管に内包されず、2Nが微小管への内包に必須であることがわかりました。

 

 

図2.微小管結合ペプチド(1N, 1C, 2N, 2C)の設計。下線部がTauの繰り返し配列由来。1N, 1Cは配列1を、2N, 2Cは配列2をもとに設計した。

 

図3

図3.微小管内部へのペプチド導入スキームと共焦点レーザー蛍光顕微鏡像。各蛍光の局在が一致していることから、2Nが微小管に結合していることがわかる。全てのペプチドで類似した蛍光像が確認された。

図4

図4.金ナノ粒子内包微小管の構築方法と電子顕微鏡像。黒いドットが金ナノ粒子。2Nを修飾した金ナノ粒子(2N-AuNP)が微小管内部に局在している。  

今後の展開

 本研究では、チーズちくわから発想を得て、ちくわ状のタンパク質集合体である微小管に微小管内部に結合するペプチドを開発し、分子を内包することに成功しました。様々な分子やナノ材料を微小管に内包させることで、微小管の構造・運動・生理活性の制御ができると考えられます。例えば、微小管に内包した分子を分子モーターにより輸送するシステムや、微小管の脱重合阻害による抗がん剤としての応用が考えられます。

研究プロジェクトについて

 本研究成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究(B)の支援により得られたもので、2018年8月8日にドイツの国際科学雑誌「Chemistry – A European Journal」オンライン版に掲載されました。

論文タイトルと著者

用語解説

Tauタンパク質

微小管関連タンパク質の一種であり、微小管に結合してその構造を安定化することが知られている。Tauがどのように微小管に結合するかは、未だ完全には明らかとなっていない。今回は微小管内部に結合すると推定される繰り返し配列の一部をもとにペプチドを設計した。

GMPCPP

GTPアナログの一種であり、GTPと異なり加水分解速度が極めて遅い。微小管は末端のGTPが分解されてGDPになると解離が始まるため、GMPCPPは安定な微小管を形成するために汎用される。

タキソール

抗がん剤の一種であり、微小管内部のポケットに極めて強く結合する。今回設計したペプチドも同じ位置に結合すると想定されていることから、微小管内部への結合を評価するために用いた。