コムギの穀粒数を制御する仕組みを発見
〜多収性品種の育成が促進〜
概要
鳥取大学農学部の佐久間俊助教、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構次世代作物開発研究センターの小松田隆夫主席研究員、ドイツLeibniz Institute of Plant Genetics and Crop Plant Research (IPK)のThorsten Schnurbuschグループリーダーらの国際共同研究グループは、コムギの穀粒数を制御する仕組みを明らかにしました。
本研究成果は2019年2月21日に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」電子版に公開されました。
研究の背景
コムギは毎年約7.5億トン生産される世界三大穀物の一つで、先進国では成人が消費する全カロリーの約20%を占め、開発途上国ではその値が最大80%まで達します。近年、気候変動による農作物の生産性低下が問題となっており、コムギの国際価格も高騰する傾向にあります。この問題に対処する方策の一つに多収性品種の開発が挙げられます。コムギの穀粒収量は穂当たりの穀粒数によって大きく影響されますが、穀粒数を制御する遺伝子はこれまで不明でした。
研究成果
研究グループはGrain Number Increase I (GNI1) 遺伝子が一小穂あたりの穀粒数を制御することを明らかにしました。GNI1遺伝子は転写因子として機能しますが、105番目のアミノ酸がアスパラギンからチロシンに変わることで機能低下が生じ、コムギの小穂当たり穀粒数が増加することがわかりました。実験圃場における収量性試験を行った結果、穀粒数が増加することにより収量が10–30%増加することが確認されました。GNI1遺伝子は穂で特異的に発現しており、特に小穂先端に位置する小花で強く発現することからこれらの器官の発達を抑制することがわかりました。GNI1遺伝子は遺伝子重複により生じたムギ類植物(コムギ、オオムギ、ライムギなど)に特異的な遺伝子であることが明らかになりました。
今後の展開
本研究によってコムギの穀粒数を制御する遺伝子が明らかになりました。穀粒数を増やすタイプのGNI1遺伝子は一部のパンコムギ品種でしか利用されていないのが現状です。今後は、この遺伝子を利用したDNAマーカー選抜育種による新品種開発が加速することが期待できます。
掲載論文
- タイトル:Unleashing floret fertility in wheat through the mutation of a homeobox gene
- 著者:Sakuma, S., G. Golan, Z. Guo, T. Ogawa, A. Tagiri, K. Sugimoto, N. Bernhardt, J. Brassac, M. Mascher, G. Hensel, S. Ohnishi, H. Jinnno, Y. Yamashita, I. Ayalon, Z. Peleg, T. Schnurbusch and T. Komatsuda.
- 掲載誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
参考図

図1.GNI遺伝子の構造とアミノ酸変異
小穂当たりの穀粒数が多いコムギでは105番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変化しています。水色(HD)はDNA結合部位であるホメオドメイン、灰色は二量体形成に必要なロイシンジッパーを示します。

図2.コムギの小穂構造
GNI1遺伝子が機能するコムギ品種Bobwhite(WT)は一小穂に3粒の種子を作ります(左)。一方でGNI1遺伝子の機能を低下させた形質転換体コムギPKVB59(RNAi)は5粒に増加しました(右)。

図3.GNI1遺伝子の収量への影響
GNI1遺伝子の機能が低下した105Y型の系統は高い収量を示しました。


図4.GNI1遺伝子の小穂での発現部位
GNI1遺伝子は小穂先端部の小花で強く発現します。写真は葯白色期の小穂(左)と葯緑色期の小穂(右)におけるin situ RNAハイブリダイゼーションの結果を示します。青色に染まった器官はGNI1が発現していることを示し、これらの器官の発達が抑制されるため種子を作ることができないと考えられます。
用語解説
特定のDNA配列に結合し、近傍にある遺伝子の転写(DNA配列を元にRNAを合成すること)を促進あるいは抑制するタンパク質。
遺伝子が転写してメッセンジャーRNAを作ること。
DNAの塩基配列の特定の位置に存在する個体を区別する目印。
生物の発生を制御する遺伝子(ホメオボックス遺伝子)に共通に見られる構造でDNAに結合して遺伝子発現調節を行う。
二つの同種の分子が結合したもの。
タンパク質の二次構造モチーフの一つで二量体形成を行う。