CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を応用することで、核および染色体の任意ゲノム領域を可視化する新しい技術を開発
ポイント
- 従来から用いられているFISH法に比べ、以下の点で革新的な技術である。
- 染色体内の任意ゲノム検出までの時間を大幅に短縮した。
- DNAを変性させる必要がなく細胞内における三次元的追跡を可能とした。
- 既存の生物学的手法と同時使用が可能。
- ヒト、植物を含む幅広い生物種で適応可能であり、染色体生物学の様々な分野に適応可能な革新的な基盤技術として期待。
- 新技術を、RNA-guided endonuclease - in situ labelling(RGEN-ISL)法と命名。
研究内容
ゲノム編集技術としては、2012年に発見されたCRISPR/Cas9システムが科学界では認知されています。これはCas9タンパク質のハサミ状の特性を利用して、任意のDNAを切断することで様々な研究に利用するものでした。ライプニッツ植物遺伝学・作物植物研究所(IPK)の研究者らは、このシステムを応用して、任意のゲノム領域をタイマツのように光らせる染色体生物学的な新技術を開発し、RNA-guided endonuclease - in situ labelling(RGEN-ISL)法と名づけました。
DNA配列を染色体(ゲノム)レベルで可視化する一般的な方法としては、過去30年間、蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH法)が、幅広く使用されてきましたが、この方法はゲノムDNAの変性(二本鎖のDNAを一本鎖に乖離する事)が必要なことから、試料の構造に損傷を与えることが問題となっていました。また、蛍光させた特定のDNAを注入しても、試料内に存在する同種のDNAを特定するまでに相当の時間(約1日)が必要でした。IPKの研究者らは、これらの問題を解決するため、CRISPR/Cas9システムを応用することで、従来のFISH法の蛍光標識特性をもちながら、DNA変性を不要とするRGEN-ISL法を開発することに成功しました。この、RGEN-ISL法によって、特定ゲノムの時空間における構造(三次元的な追跡)を観察できるようになりました。
今後の展望
新技術であるRGEN-ISL法は、免疫組織化学法などの既存の染色体生物学的な手法と組み合わせることが可能であり、実験時間の短縮、簡略化、低コスト化を実現しました。また、RGEN-ISL法は4℃から37℃の広い温度範囲で機能することから、タンパク質検出やイメージング法と組み合わせることも可能です。
これまで、植物だけでなくヒトの染色体においてもRGEN-ISL法を試しており、すべての生物に適用できる可能性を示しています。現在のところ、RGEN-ISL法は、ゲノムに高頻度で存在する反復DNA配列に限定されていますが、RGEN-ISL法の発案者で論文の筆頭著者である乾燥地研究センターの石井孝佳講師は、将来RGEN-ISL法が単一の遺伝子配列も視覚化できると考えています。
RGEN-ISL法の特性と広い適用性を考えると、染色体生物学で未解明である、ゲノムの空間的構成やクロマチン構造とその機能の関係などの解明が促進されると予想され、染色体生物学の様々な分野における、さらなる知識を発展させるための有望な基盤技術として使用されることが期待されます。

左図:新技術によりササゲの細胞の核で可視化されたテロメア配列(赤い点)。右図:
RGEN-ISL法で使用したテロメア配列を可視化するRAN-タンパク質複合体の模式図(RGEN)
その他
今回の新技術(RGEN-ISL法)は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(アメリカ)からオーストラリア連邦科学産業研究機構(オーストラリア)への助成金、及びドイツ研究振興協会(ドイツ)による資金提供により、IPKのアンドレアス・フーベン教授の研究グループで開発され、鳥取大学乾燥地研究センターで研究が続けられています。この研究成果は植物学雑誌「New Phytologist」に掲載されました。
論文タイトルと著者
用語解説
Fluorescence in situ hybridizationの略、日本語にすると蛍光in situハイブリダイゼーション法。蛍光物質を取り込んだ任意のDNAなどを染色体(ゲノム)に結合させることによって、その位置を視覚的に検出する事ができる方法。使用例として、有用遺伝子の可視化、ガン細胞などで頻繁にみられる染色体異常の可視化など。
RNA-guided endonucleasesの略、RNA分子とDNAまたはRNAの切断能力を持つたんぱく質(endonucleases)の複合体を示す。RNA分子は相補となるDNAまたはRNAへendonucleasesを特異的に誘導する。代表的なものとしてCRISPR/Cas9システムがある。RGEN-ISL法はRGENによって、特異的な配列をin situラベリングする方法という意味で命名した。
ゲノム編集で現在最も一般的に使われているシステム。原核生物における一種の獲得免疫のようなもの。外来のDNA因子への抵抗性を示す。